

19歳でボクシングジムの門を叩いた千坂。そのきっかけはひとりのボクサーへの憧れだった。
ボクシングに興味を持ったのは、元世界王者の輪島功一に憧れたから。かっこいいなぁと思って、同じ「三迫ボクシングジム」に入りました。当時、輪島さんは特別講師でした。あの伝説の「カエルパンチ」も教わりましたよ。試合ではまったく役に立ちませんが(笑) 試合前の減量はきつかったけど、ボクシングは楽しかった。だけど、自分の中では25歳までに結果が出なかったら辞めようと区切りをつけていました。それで25歳になったとき、ボクシングを引退したんです。
6年間続けたボクシングを自分で設定した区切りの年に辞めた千坂。引退後は、それまでつき合っていた女性と結婚し、後に大庄と合併する株式会社榮太郎に就職。いさぎよく物事を決断していくスタイルは「ボクサーらしい」と言えるのかもしれない。
あまり物事を深く考えるタイプではなくて、自分の直感を信じて行動するタイプだと思います。ボクサー時代に飲食店でアルバイトをしていて楽しかったから飲食業界で働きたいとは思っていたけど、当時榮太郎を選んだのは直感。結婚を決めたのも直感でした。いまでも、この直感は間違いじゃなかったって思っていますよ。妻は最高のパートナーですし、榮太郎が大庄に合併されても、僕はずっと同じ場所で働き続けることができていますからね。
悠長に考えていては撃たれるのがボクシング。ただ、闇雲に動いているのではなく、素早く情報を集約し決断していると考えるのであれば、彼が出した数々の「直感」はそういう能力に裏打ちされたものと言えるだろう。榮太郎に入社して10年目のとき、店長になったことをきっかけに長年守り続けてきた調理場を離れ、ポジションをホールへと変える。
19~40歳くらいまで、ずっと調理場にいたので店長になってホールに出なきゃいけなくなったときは苦労しました。それまではホールの若いアルバイトたちとコミュニケーションを取ることがほとんどなかったので、娘に最近の話題を教えてもらって、みんなとの話題作りに励みました。正直、最初はあまり気乗りがしなかった。ただ、実際に調理場もホールも両方経験することで知識に厚みが生まれ、より深くお客さまやスタッフを理解できるようになり、それはすごく良かったと思っています。それから、お客さまと会話することに最初は苦手意識があったけど、ホールに出たら苦手も得意も言ってられない。店長ですしね。だからって自分を演じたり、何かすごい工夫を考えたりすることもできないから、ずっと素のままで勝負してきました。そうするとお客さまから話しかけられるようになり、いろんな情報を得られるようになってきて。いまでもそれがすごく楽しいです。
ボクシングを辞めたことは、目標を達成できなかったということなので心残りがあります。でも、辞めていなかったらきっと結婚もしなかったし大庄とも出会えていなかったんですけどね。将来は、海の近くで喫茶店をやりたいです。いつでも海釣りを楽しみながらお店を経営できたら100%かも知れないです。
話すのは得意ではない千坂。しかし、自分を飾らず自然体で仕事に挑む穏やかな彼には、ほどなくして常連客がつき始めた。彼を慕うのはお客さまだけではない。ホール・調理場両方の気持ちが分かる彼をスタッフみんなが慕うことでお店がひとつになった。そんな彼には、数年前から強力なパートナーが現れたと言う。
いままでもずっとみんなに支えられてきたんですけど、またすごく良いパートナーが現れたんです。同じ歳くらいの「女将」で、話が上手くてお客さまに愛される人。お客さまの誕生日リストを作ってくれて、いままでよりもっとお客さまとの距離が縮まりました。ファンも増えて、売り上げも上がりましたね。本当にすごい人で、頼りになります。
決して自分が大将になるのではなく、周りを尊重・尊敬することで、スタッフ一人ひとりが活躍できる環境を自然と作ってきた千坂。これが、「ずっと同じ場所に根付く息の長いお店を作ることができた」理由なのかも知れない。そんな千坂に、今後の目標を聞いた。
ずっとこのお店にいるから、この場所が好きなんです。だから地域一番店になってさらに根づいていきたいと思っています。駅前だから競合店はたくさんあるけど、お客さまはお店じゃなくて「人」につきます。きっと叶うはずです。なぜってこのお店には一所懸命やってくれる女将や調理人、ホールスタッフがたくさんいますからね。



















