

小学生の頃、はじめて料理に興味を持ったという渡邊。きっかけは、夜遅くに家事をしてくれていた父親を喜ばせたかったからと言う。
オヤジは夜遅くに仕事から帰ってきてご飯を作ってくれていたから、どうにか自分でも作れないかなと思って、見よう見まねでやってみたんだよね。そしたら全然作れなかった。ご飯も炊けなかったし、お味噌汁も作れなかった。ダシを入れることも、鍋の水が沸いてから味噌を溶くことも知らなくてね。何回も練習したけど、自分で失敗することでしか学ぶ術がなかったから、やっぱりうまくいかなくて。何年かして、料理を作る練習はやめてしまった。どうにか自分で作ってオヤジを喜ばせたかったなぁ。
離婚後、独身で自分を育ててくれた父親を喜ばせたい一心で料理を練習した渡邊。結局当時はうまくいかなかったが、この頃から将来は飲食業界で働くことを決めていた。その理由のひとつが「着る物がなくても食べる物はちゃんと食べろ」という父親の口グセ。彼にとって「食」は特別だったのだ。20歳になった時、調理人になる夢を叶えるために、生まれ育った北海道を離れ、東京へ上京する。
ひとりっ子だったから北海道から出ることを反対されたけど、田舎より都会の方がいろんなことを学べると思ってね。だから、東京にいる知り合いを頼って、洋食と中華のお店を経営している会社に就職しました。その会社では3年間、出汁のとり方や麺のゆで方、食材の焼き方、炒め方なんかをひと通り学んだかな。でも、ひと通りできるようになると欲が出てきて「もっとほかの料理も知らなきゃダメだ」って思うようになって。それで、歌舞伎町で定食屋や割烹、蕎麦屋なんかを経営している会社に転職したんだよね。なんで歌舞伎町だったかっていうと、実は当時、東京ではディスコが流行っていて、調理人仲間と週末になるたびに遊んでいたから、歌舞伎町で働いてみたかったんだよね(笑)
まったくの未経験から調理人修行を始めた渡邊。2社目の歌舞伎町の会社で7年間和食を経験した後、ステーキハウスやレストラン、居酒屋などさまざまな業態の飲食店を渡り歩いた。その理由は、「いつか自分のお店を持ったときに、何でも作れる調理人になっていたい」という思いから。22年もの間、調理人として貪欲に腕を磨き続けた渡邊は、42歳のときに独立の夢を実現させようとした。
まだまだできないことがあると思うし、これから新しくやりたいことが出てくるかも知れないからね。あとは、タイミングを見計らって独立できたらいいね。
ある程度なんでも作れるようになったから、独立して自分のお店を持とうって思いました。だけど、ちょうど同じ時期にオヤジが亡くなり、息子が大きな交通事故を起こしてしまって。今は独立しちゃいけないのかも知れないって思ってね。厄年だったし、オヤジからも独立するなと言われているようでね。本当は自分のお店で子どもたちと一緒に働いて、将来的にはお店を残してあげたいと思っていたけど、家族を養うことが第一だから、このときは独立をあきらめました。結婚するまでは自分のためだけに仕事をしていたけど、結婚して親になって考え方が変わったんですよね。自分だけじゃなくて、家族や妻の両親の面倒もみていかないといけない。仕事に対する姿勢が変わったと思う。
「時合い」という言葉がある。「さまざまな条件を踏まえて行動することが肝要」ということだが、渡邊は持ち前の嗅覚でそれを鋭敏に感じ取っていた。自分のお店を持ちたいと頑張ってきた彼にとって、簡単にあきらめられる夢ではなかったはずだ。最後は、愛する家族を想うことで気持ちに整理をつける。そこに男気を感じずにはいられない。
そんなとき、偶然近所の庄やがリニューアルオープンして、どんなお店だろうって興味本位で入ってみました。そしたら水槽に魚が泳いでいるのが目にとまってね。「あ、この店は鮮魚を使ってるんだ」って驚いた。それまでも鮮魚を使うお店で調理したことはあったけど、しばらくやってないからやりたいなって、ふと思ったんだよね。もともと海釣りが好きで、魚の調理が好きで。特に、生きた魚を刺身にして出すと、お客さまがびっくりした後に必ず笑うのがすごく好きだから、またその笑顔を見たいなぁって。だから、この会社に入りたいって思った。それが大庄だったんだよね。実際に入社して分かったのは、大庄は職人集団であり、「魚の大庄」と言われるほど素材にこだわっていたということ。今までいろんな飲食店を見てきたけど、みんな似たり寄ったりだったんだよね。でも大庄は決まったメニュー以外に自由に創作料理を作れる。自分で考えて作ったメニューをお客さまに選んでもらえるなんて調理人冥利につきるね。
鮮魚を扱う大庄に興味を持って入社してからはや9年。渡邊は質の良い食材を使って、自分で考えた料理を提供できる大庄を最後の会社にしたいと思っている。20歳で上京して以来、調理人としてひたむきに生きている。最後に、調理人として働くことの面白さを聞いた。
料理を出したときの反応とか、着ている洋服のセンスを見て、「このお客さまはどんな料理が好みだろう」って推測して提供するのが楽しいね。好みに合わせて料理を提供すると、週1日で来ていたお客さまが週3~4日で来てくれたり、常連さまが増えたりするんだよ。北海道の田舎から東京に上京して、いろんな料理を学んでセンスを磨いて、本当に良かったと思っているよ。だけど、お客さまから「○○作ってよ!」ってリクエストされた時に必要な材料がないと悔しいねぇ。「明日もう一回来てよ、絶対作るから」って約束するんだけど、やっぱり悔しい。まぁ、そんなやり取りもまた、楽しいんだけどね(笑)



















